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第2回地域研究コンソーシアム賞 審査結果および講評

審査結果および講評

 第2回(2012年度)地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の授賞対象作品ならびに授賞対象活動について同賞審査委員会の審議結果を発表する。

 今回の募集に対して、研究作品賞候補作品7件、登竜賞候補作品3件、社会連携賞候補活動2件、研究企画賞候補活動1件の推薦があった。研究作品賞の候補作品については第一次審査によって選抜された作品2件を審査対象とした。登竜賞以下の3つの賞については、推薦されたすべての候補作品・活動を本審査委員会での審査対象とした。これらはすべて第一次審査を経て推薦されたものである。各委員の活発な議論と慎重な審議の結果、それぞれの部門について以下の作品あるいは活動を授賞対象として選出した。

◆研究作品賞授賞作品
 高倉浩樹著『極北の牧畜民サハ―進化とミクロ適応をめぐるシベリア民族誌』(昭和堂、2012年1月刊)

◆登竜賞授賞作品
 水谷裕佳著『先住民パスクア・ヤキの米国編入―越境と認定』(北海道大学出版会、2012年3月刊)

◆社会連携賞授賞活動
 西芳実氏の「インドネシア共和国アチェ州における地域情報学を活用した災害対応に関する国際ワークショップの実施」活動(2011年12月21日~26日、インドネシア、バンダアチェ州で開催)

◆研究企画賞授賞活動
 該当なし

受賞された3氏には、委員会を代表して心からの祝意をお伝えしたい。以下は、各賞の授賞理由ならびに授賞作品・活動に対する講評である。


研究作品賞:高倉浩樹著『極北の牧畜民サハ―進化とミクロ適応をめぐるシベリア民族誌』(昭和堂)

 本書は、1999年から2010年にわたって実施された現地調査にもとづくシベリア東部の牧畜民サハの民族誌である。ソ連社会主義体制の崩壊そしてその後のポスト社会主義というコンテキストのなかで、牧畜民サハの牛馬牧畜を中心とした生業複合を「ミクロ適応」という概念を軸に記述して、新たな変化に対するサハ社会の適応の過程を詳細に明らかにしている。生業複合を構成する家畜飼養技術や、自然資源利用の技術と制度の適応過程を詳細に分析し、その成果を完成度の高い表現によって同時代の民族誌として提示した点が高く評価された。

 高倉氏が現地調査にあたってとった手法は、生態人類学と社会人類学を融合させたアプローチであった。しかし、人類学的手法にとどまらず、生物学・生態学における進化や適応の概念を文化史や地域史あるいは生業構造や生業複合を記述する手法として取り入れたことによって、対象社会をより相対的な空間的・時間的広がりのなかで記述することにも成功している。この詳細な記述の骨格となる理論的背景が本書を上梓するにあたって書き下ろされた第1章「序論」と第10章「結論」で展開されている。そしてこの両章が、文理融合や学際融合という「掛け声」が声高にあがる現在にあって、ひとりの学徒が歩んだ融合に向けた理論的模索のあとを如実に示す記述であるとともに、地域研究の理論と方法をめぐる議論への貴重な示唆となっている点を地域研究への大きな貢献として高く評価するという意見が多く出された。

 著者が述べるように、本書は、「現代ロシアの非『主流社会』の市場経済化についての地域研究」として高く評価されるというのも審査委員の一致した意見であった。では、この現地調査からうかがえる「現代ロシア」とはいかなるものか。極北の少数民族である非「主流社会」から「現代ロシア」はどう見えるのか。その点をぜひ論じてほしかったという意見が審査委員から出されたことを付記しておきたい。「離見の見」の立場にある著者が、「現地の視点」(我見の見)を踏まえた「見所同心」の視点から現在のロシアをどう描いてくれるのか。素晴らしい民族誌を残してくれた著者から、次は、「見所同心」の視点に立ったロシア地域研究の作品が生まれることを期待したい。


登竜賞:水谷裕佳著『先住民パスクア・ヤキの米国編入―越境と認定』(北海道大学出版会)

 登竜賞の選考にあたって審査委員会ではこの作品を授賞対象とすることをめぐって二つの意見が拮抗したことを記しておかねばならない。候補作品の完成度を重視したいという意見と、登竜賞の「登竜」がもつ意味(将来可能性)をより重視したいという意見の二つである。結果的には、コンソーシアム賞の趣旨として分野横断性や地域横断性が強調されていることを踏まえて、後者を重視するという結論になり、本書が授賞対象として選ばれた。

 このことが示すように、本書は、一個の作品としては荒削りであることは否めない。荒削りであることについて、審査委員会ではさまざまな意見が出された。米国におけるエスニックスタディーズや先住民研究のなかに本書をどう位置づけるのかについて十分な議論が展開されていない、対象としたパスクア・ヤキの米国先住民認定に至る過程の調査から他の地域や事例との比較を経て地域研究へと発展させようとする視点が欠けている、フィールドワークで得られた一次資料よりも既存の史料に依拠する点が多く現地調査の実態が明確でない、事象のディテールの記述が十分でない、終章が各章の繰り返しにすぎず物足りない、等々の意見である。

 その一方で、米国アリゾナ州に居住するパスクア・ヤキの法的、社会的、歴史的な先住民化の過程を扱った本書からアメリカの歴史を読む新鮮な視点を得ることができ、新たなアメリカ研究の成果として評価するという声も少なくなかった。そして何よりも審査委員の多くが登竜賞にふさわしい作品として評価したのは、パスクア・ヤキに対する水谷氏の強いコミットメントの姿勢が本作品からうかがえたからである。水谷氏がこの研究に着手したきっかけは、「多くのパスクア・ヤキの人々が、米国先住民認定について『知らない』『分からない』と答えた」ことであるという。なぜ「知らない」「分からない」なのか。この素朴な疑問に始まって、それを解き明かそうとする調査があり、パスクア・ヤキの人々が読者となることを想定して本書が執筆された。研究対象であるパスクア・ヤキへの水谷氏のこうした自覚的な関わり方を評価したいという意見が多く出された。

 パスクア・ヤキは先住民認定を受けたアリゾナ州居住の人々だけでなく、隣国のメキシコ側にも居住しており、民族自体がトランスナショナルな存在である。その一方で、先住民認定を受けたことにより、国境を挟む両地域の人々あるいは認定居住地以外に住む人々とのあいだに心理的な距離が生まれているという。このことが示すように、本書を起点に民族や国家、主流と非主流、中心と周辺など、地域研究のさまざまな課題に迫る今後の研究展開の可能性をうかがわせてくれるのも本書が登竜賞にふさわしいとして評価された点である。日本におけるこの分野や地域に関する研究蓄積が少ないだけに、先住民認定による米国への編入過程を詳細にまとめた水谷氏が、今後は、スペイン語を駆使してメキシコ側居住者の研究を進めるなど、アメリカ理解の一助となる研究成果をさらに紡いでくれることを期待したい。また、その期待が登竜賞にふさわしい作品として本書を推すことになった理由であることも付記しておきたい。


社会連携賞:西芳実氏の「インドネシア共和国アチェ州における地域情報学を活用した災害対応に関する国際ワークショップの実施」活動

 大規模自然災害や地域紛争が起こった地域に対して地域研究はどのような貢献ができるのか。この課題に地域研究コンソーシアムはその設立当初から取り組んできた。災害や紛争発生地域に関する正確で詳細な地域情報の提供、緊急支援に対する地域の専門家としての助言と支援活動への参加、災害後や紛争後の地域復興に向けた長期的な支援のあり方に対する提言や支援活動への持続的な参加など、さまざまな貢献のあり方が模索・実践されてきた。

 地域研究コンソーシアムがこれまで取り組んできた上記に関係するさまざまな活動を参照しつつ、審査委員会は、推薦された国際シンポジウムの企画・運営にあたって西氏が大きな役割と貢献を果たしたことを評価して、西氏の活動を授賞対象として選定した。

 授賞対象とした国際ワークショップは、組織的には、JST-JICA地球規模課題対応国際科学技術協力事業(SATREPS)「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」、京都大学地域研究統合情報センターの「地域情報学プロジェクト」、同センターの「災害対応の地域研究プロジェクト」の3つの研究プロジェクトが合同で行った一連のシンポジウムとワークショップからなっている。シンポジウム/ワークショップの内容自体が日本側とインドネシア側の双方向の経験と知識の交流という点で十分によく練りあげられたものであったが、西氏は、開催地となったアチェ州での長い現地調査の経験を有する研究者として、これら一連のシンポジウム/ワークショップの企画・運営にあたって、災害復興の当事者である地域社会の構成員を参加させることを強く推進し、それを成功裏に実現した。日本と対象国の研究者や政府関係者が英語で国際シンポジウムを開くのではなく、地域社会の構成員を交えて、日本語と現地語(この場合はインドネシア語)で開催して、研究という枠組みを越えたさまざまレベルでの連携を生み出す仲介者の役割を果たしたことが評価された。また、報告書をまとめるにあたっても、インドネシア語の要約版を制作するなど、シンポジウム/ワークショップの成果還元にも努めている。

 地域研究統合情報センターがこのシンポジウム/ワークショップの実現と、とくに地域情報学のツール活用に関して組織主体として大きな役割を果たしているが、西氏が主導した今回の企画は、研究組織や研究者が災害地域の復興に関わるときの一つのモデルを提示しているという点を評価する意見もあった。一方で、報告書そのものは研究組織あるいは研究者の視点からまとめられており、NGOや現地社会の構成員がその制作に関与した形跡がうかがえないことを指摘する意見もあった。現地でのシンポジウム/ワークショップに参加した地域社会の構成員を報告書などの成果物の作成にどう参加させていくのか。さらにはシンポジウム/ワークショップの開催時に示された彼らとの連携を今後どう持続的に組織化していくのか。授賞対象活動の選定にあたって、地域に関わる研究者が意識しておかねばならない課題があるという指摘があったことを披露しておきたい。

2012年11月3日
地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:田中耕司
委員:飯塚正人・家田修・中村安秀・毛里和子

受賞者紹介

高倉浩樹(たかくら ひろき)

東北大学東北アジア研究センター准教授、社会人類学・シベリア民族誌。上智大学・東京都立大学院で地域研究・人類学を学ぶ。ソ連崩壊後の1994年からシベリアでの本格的な現地調査を開始した。狩猟採集・牧畜などの伝統的自然利用文化、エスニシティや先住民問題についての論考・著作を発表してきた。近年は、気候変動と災害に関する文理融合的な取り組みや、映像を用いた異文化交流実践などにも意欲的に取り組んでいる。

水谷裕佳(みずたに ゆか)

北アメリカ大陸の先住民が直面する諸問題について研究。2008年3月に上智大学外国語学研究科地域研究専攻博士後期課程を単位取得満期退学後、2009年3月に同大学より博士(地域研究)取得。カリフォルニア大学バークレー校エスニック・スタディーズ研究科客員研究員、北海道大学社会科学実験研究センター博士研究員、北海道大学アイヌ・先住民研究センター博士研究員を経て、2012年4月より東洋大学社会学部助教。

西芳実(にし よしみ)

京都大学地域研究統合情報センター准教授。専門はインドネシア地域研究/現代史。東京大学大学院総合文化研究科博士課程(地域文化研究専攻)修了。1997~2000年にインドネシア共和国アチェ州シアクアラ大学に留学。東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム助教等を経て2011年より現職。調査地のアチェ州が最大の被災地となった2004年12月のインド洋津波(スマトラ沖地震・津波)以降、地域研究の立場から人道支援や防災研究といった異業種・異分野に活用可能なかたちで地域情報を発信する活動に取り組んでいる。

募集要項(2012年度)

第2回地域研究コンソーシアム賞募集要項