JCAS:TOPページ > JCAS賞2020審査結果
第10回(2020年度)地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の授賞対象作品ならびに授賞対象活動について下記の通り、審査結果を発表します。
地域研究コンソーシアム賞の研究作品賞は、地域や国境、そして学問領域などの既存の枠を越える研究成果を対象とするもので、作品の完成度を評価基準としています。登竜賞も研究作品賞と同様の趣旨ですが、研究経歴の比較的短い方を対象としていますので、作品の完成度に加えて斬新な指向性や豊かなアイディアを重視して評価しました。研究企画賞は共同研究企画の活動実績、また社会連携賞は、狭義の学術研究の枠を越えた社会との連携活動実績を対象としています。
審査については、運営委員会が担う一次審査によって審査対象作品および活動を絞り込み、専門委員から、一次審査で絞り込んだ作品あるいは活動に対する評価を書面で回答していただきました。今年度の専門委員は、研究作品賞については加藤聖文氏、川口幸大氏、喜多川進氏、木村健二氏、佐藤仁史氏、藤原辰史氏、登竜賞については栗本英世氏、清水展氏、長沢栄治氏、研究企画賞・社会連携賞については稲村哲也氏、岩本通弥氏、山泰幸氏にお願いしました。そして、一次審査の結果および専門委員の評価を踏まえて、地域研究コンソーシアム賞審査委員会(理事会)において最終審査をしました。この場を借りて、審査に関わってくださったみなさま、とりわけ専門委員諸氏に感謝申し上げます。
今回の募集に対して、研究作品賞候補作品13件、登竜賞候補作品20件、研究企画賞候補活動3件、社会連携賞候補活動1件の推薦があり、一次審査によって絞り込まれ専門委員による評価の対象となった作品および活動は、研究作品賞3件、登竜賞3件、研究企画賞2件、社会連携賞1件でした。
多くのすぐれた作品・活動の推挙を感謝申し上げますとともに、受賞された皆様には、委員会を代表して心からお祝いを申し上げます。
【研究作品賞】
田原史起『草の根の中国―村落ガバナンスと資源循環』(東京大学出版会、2019年8月)
本書は、著者自身の20年近くにわたるフィールドワークと、中国近現代史の歴史的文脈に対する透徹した理解に基づき、中国村落社会の特徴を「ガバナンス」というキーワードから理解することを試みた農村社会学的地域研究である。自然村・行政村レベルの基層社会という「草の根」の視点から、一見バラバラで自分勝手に見える中国農民の内在的ロジックを多面的に観察することで、新たな中国農民や中国社会像の提示に成功しており、今後の地域研究、特に中国をフィールドとする諸領域において参照されるべき重要な作品と言える。
何より特筆すべきは、本書が中国の北東部(山東省)・北西部(甘粛省)・東南部(江西省)・南西部(貴州省)の4つの調査地における現地調査データとマクロな統計データ、さらにはユーラシアの大国であるインドとロシアのケース・スタディを組み合わせながら、実証主義的な一般理解に挑んだ点であろう。通常、人類学的研究では前者、社会学的研究では後者に止まってしまうことが多いことを想起すれば、このミクロ・マクロの融合と地域間・国家間比較によって、中国農村社会の特質を「「つながり(血縁、関係資本、生得的)」と「まとまり(地縁、団結資本、創出的)」のコントラスト」、都市―農村間の不平等を棚上げしつつ、農村内/間の平等を重視する「「公平さ」のダブルスタンダード」および「脱政治化」として抽出した本書の功績は大いに評価されるべきである。
中国現代史における国家と社会の関係については、国家の社会に対する不断の浸透と捉えられがちであるが、本書では、毛沢東による急進的社会主義政策によって形成された都市と農村の二元構造によって、人民公社体制に置かれた農村がガバナンスの手法を発展させざるを得なかったこと、またそれが改革開放期の中国農村を強く規定していたことが示されている。一方、「出来事中心アプローチ」を採ることによって、中国のコミュニティを固い殻をもった静態的な存在として捉えるのではなく、イシューによって、異なる資源が動員され、様々な相貌を見せる伸縮可変な存在として捉えることにも成功しており、戦前からの日本の研究において大きな影響力を持ちつつも、必ずしも突破口を開くことができずに停滞していた中国農村における「共同体」や「共同性」に関する議論に新機軸をもたらした。
今日の中国を理解するうえで、広大な国内の底辺を占める農村社会の実態把握が不可欠であることは言を俟たない。にもかかわらず、中国の農村社会に関する情報はこれまで、量が少ないうえに内容的な偏りも存在し、総じて「発展から取り残された悲惨な農村」というステレオ・タイプが支配的であった。しかしながら本書は、各地域の「村落ガバナンス」を統合的に描き出すにあたり、中国農村全体や各地域の歴史的背景の把握から始めて、各農村を取りまく気候、地形、風土などの生態環境、それらに規定される農業の形態や農家経済、出稼ぎなどの農外就業、市場経済の影響、そして政府の農業政策の変化までも射程におさめ、それぞれの地域で相対的に優勢なガバナンス資源を同定するとともに、村落ガバナンスの中国的なロジックを「資源循環モデル」として統合的に提示した。「ポスト税費時代」における村落社会運営の特質について、巧みな比喩を交えつつ、ガバナンス論を縦横に用いて照射し、中国農民のロジックに即した中国農村におけるガバナンスの特質を看破している。
事例の記述分析とそれに依拠した理論的展開の双方ともに充実した作品であり、地域研究コンソーシアム研究作品賞に値する。
【登竜賞】 熊倉和歌子『中世エジプトの土地制度とナイル灌漑』(東京大学出版会、2019年2月)
本書は、アラビア文字手稿文書群の緻密な分析を通して、チュルケス・マムルーク朝からオスマン朝初期までの中世エジプト(14世紀末~16世紀半ば)における土地制度と土地保有状況の変化がエジプト農村社会に与えた影響を実証的かつ詳細に解明する一方、ナイル川の定期的な増水を利用した灌漑システムの実態をも明らかにし、そこで中心的な役割を担った土手(堰堤)の位置を、GIS(地理情報システム)を用いて地図上に再現した労作である。現存しないチェルケス期の史料がオスマン朝初期の史料に引用されていることに注目し、それを手がかりに原状を復元する手法は卓越しており、地道な伝統的歴史学の方法論を現代的なGISの空間情報、さらには現地を自分の足で歩くフィールドワークの手法と融合させて、新しい研究手法の豊かな可能性を示した点も高く評価できる。その分析結果である伝統的灌漑システムにおける国家・社会関係に関する知見は、今日的な意味での水利用研究への示唆も大きい。
10 世紀半ばのイラクに始まって、多くのイスラーム王朝に採用され、各地の統治システムの骨格を形成した土地制度(イクター制)は、14 世紀前半のマムルーク朝エジプトにおいて精緻化され、頂点に達したと言われる。そこでは、君主が配下の軍人に職階に応じた土地徴税権(イクター)を分与する一方、軍人は軍事奉仕に加えて、徴税地の農業経営・灌漑設備の管理・治安維持に携わり、村落社会の形成に関与した。このようにイクター制は国家の統治基盤であったにもかかわらず、その詳細な実態については、マムルーク朝支配層が文書史料を多く残さなかったために、ほとんど不明であったところ、本書は16 世紀の後継国家オスマン朝の文書史料の中にマムルーク朝期の土地記録が転載されているという、先行研究が気づかなかった点に着目し、古来の豊穣たる地域エジプトにおける支配国家交替の意味を土地制度の変容を通じて骨太に論じている。
さらに本書の著者は、土地制度と密接に関係する灌漑システムの実態を土地記録や水利記録に基づいて再構成し、ナイル川の定期的な増水を利用した灌漑にあって中心的な役割を果たした土手について、GISを用い、最終的には農村地帯を自分の足で歩いて地図上に再現した。この鮮明な可視化により、数世紀前の土手が湛水・灌漑した水利圏の多くが、現在のエジプトの行政区分に重なることが初めて知られるに至ったのである。
これらの事実を世界で初めて明らかにした本書の質の高さは圧倒的であり、国際的に見ても中東地域研究の1つの頂点と言えるだろう。以上の点から、本書は地域研究コンソーシアム登竜賞に値すると評価できる。
【登竜賞】 友松夕香『サバンナのジェンダー―西アフリカ農村経済の民族誌』(明石書店、2019年3月)
本書は、ガーナ北部の農村地帯における合計22か月におよぶフィールドワークに基づき、世帯レベルの生計活動を詳細に分析することで、男性と女性の「不可分な」生計関係とその展開を描き出し、開発政策が進展するなかで女性が直面する課題を綿密に検討した、優れた民族誌である。男性と女性の二項対立枠組みに依拠するフェミニズム論の限界を浮き彫りにするだけでなく、女性の解放を目指して女性たちの経済的な自立を支援してきた国際開発政策の再考を促す力作であり、人類学や農学(毎木調査含む)、農村経済などの学問分野を融合させ、質的・量的データを駆使した説得力ある記述は、学際的な地域研究の成功例として高く評価できる。また、序論で展開されている、国際社会によるアフリカ女性の「支援」に関するフェミニズム研究と国際開発政策からの批判的考察は、実証研究から開発に携わる読者にとって大いに役立つ論考ともなっている。
本書が焦点を合わせるのは、1970 年代に始まるアフリカ農村経済の転換期であり、人口増加による土地不足とIMF/世界銀行の構造調整政策に起因する肥料価格の高騰によって、農業を生計基盤にしていた男性の経済力が徐々に低下して行った時期である。結果として、日々の食材不足に悩まされた女性たちは、夫や兄弟など男性家族が地力回復のために休ませていた土地の一部を要求し、自分の畑として耕し始める一方、ほかの家の男性の畑の作物の収穫を手伝うことで分け前を要求するなど、自らの農業労働を強化した。けれども、より多くの作物を手に入れようとする女性たちの試みは、男性の農業収益を減少させ、男性が女性と子どもを扶養する能力をいっそう低下させることになってしまう。ここから明らかになったのは、資源配分の「男女格差」是正を女性の福利向上と結びつける国際開発政策の誤認と矛盾であり、1970年代に始まった女性の自立的耕作支援プロジェクトが、食料不足を補おうとする女性たちに大いに歓迎されてきたにもかかわらず、家族男性に対する女性の経済的負担(労働と支出)を増加させる事態に加担してきたという、揺るぎない事実である。言い換えれば、女性の自立的耕作を支援してきた国際ジェンダー政策は、実は女性たちに約束した福利の向上すら、もたらしては来なかった。
このようにして本書は、現場の視点に基づき、サハラ以南アフリカの農村女性をターゲットにした既存の国際開発政策を説得的に批判するが、議論の過程ではフィールドワークの生のデータと事例・エピソードが大量に紹介されており、本書が人々の暮らしの細部に目を凝らし、話に耳を傾けた誠実なフィールドワークの賜物であることは疑う余地がない。そのうえで、現実をできるだけ客観的に把握し理解するため、定量化できるものについては統計などの量的データを取得し、また農学をはじめ歴史や政治経済の背景にまで広く目配りして、学際的なアプローチを心がけている点は、地域研究コンソーシアム賞の趣旨である「学問領域の境界を越えた意欲的な作品」として高く評価できる。綿密なフィールドワークを通じた多彩なデータと深い洞察により、ジェンダー平等を普遍主義的に推進する論調の危険性を指摘することで、硬直化した現在のジェンダー政策に関する議論を次のステージへと展開させる重要な研究と言えるだろう。
以上の点から、本書は地域研究コンソーシアム登竜賞に値すると評価できる。
【研究企画賞】 伊藤敦規「ソースコミュニティと博物館資料との「再会」プロジェクト」
本プロジェクトは国立民族学博物館の国際協働研究事業に基づくもので、博物館の民族誌資料にソースコミュニティの記憶と経験を反映させるという、極めて意欲的かつ興味深い取組である。アーカイヴ化された資料を、調査のなされたソースコミュニティと「再会」させる試みは、単なる博物館のプロジェクトを超えて、民族学的資料として祖先らの記憶を「現在化」させる実践であり、極めて先端的な取組として高く評価される。
ある「もの」が民族誌資料として登録される場合、従来は文化的他者による「科学的」 分類が行われ、そのものの物質的特徴と来歴を中心とする情報が付される傾向にあった。しかるに、国立民族学博物館は2014年、資料一点一点のドキュメンテーションに、収蔵機関の担当者のみならず他機関の専門家の知見とソースコミュニティの人々の記憶や経験に基づく見解を反映(フォーラム化)させるとともに、その記録をデジタルアーカイヴとして可視化して次世代への共有を目指す国際協働研究「フォーラム型情報ミュージアム」に着手する。
本プロジェクトはこの国際協同研究の一環であり、2019 年度までに日米英の14機関と個人コレクターが所蔵する約2500点の資料をソースコミュニティと「再会」させた。そこでは、熟覧者として参加した人口約 12,000 人の米国先住民ホピ22 名が地元の文化的なルールに則った分類や名称で資料を再整理するとともに、収蔵機関に対して既存情報の正誤を指摘し、保管方法や公開範囲に関する要望を述べる一方、身振りや抑揚といった個性をともない、使用や制作といった個人の経験に左右される「もの語り」700 時間近くをビデオカメラの前で披露したのである。この映像記録は、人類学・博物学における学術的な重要性をはるかに超えて、人類にとって圧倒的に貴重な試みと言ってよい。
ソースコミュニティの人々と博物館収蔵資料とを「再会」させる試み自体は、米国先住民に出自を持つ博物館研究者によって発案されたが、世界を見わたしても、ソースコミュニティの人々による自文化の語りという意味での「再会」を、この規模のデジタル映像アーカイヴとしてまとめ上げた前例は存在しない。加えて、「もの語り」のテキストは「ソースコミュニティと博物館資料との『再会』シリーズ」として出版され、ソースコミュニティの人々をはじめとする関係者との間で共有が図られてきた。本プロジェクトの成果はさらに、展示会での活用実績もあり、ソースコミュニティにおける伝統文化の復興教室に活用されるなど、効果はすでに多方面に及んでいる。子孫らを熟覧者に、自文化を「もの語り」するデータとそこで示された方法は、今後他館の指針ともなるだろう。
このように本プロジェクトは、博物館研究・デジタル技術と地域研究を結びつける実践として意義深く、新たな博物館のあり方等にも影響を与えており、地域や先住民族の「伝統」の復興・創生にも資する試み、人類学博物館を舞台とする地域研究の展開の好事例として、研究企画賞に値すると評価できる。
【社会連携賞】 三村豊「笑う怒田プロジェクト」
本プロジェクトは高知県長岡郡大豊町の怒田集落で行われた。「限界集落」という言葉が最初に使われた、過疎・高齢化が著しい地域である。もはや消えゆく運命にあるかのようなこの地域で、どのように笑って暮らせるのか。2016年から当該地域で行っていた研究が発端となり、文化資源に焦点を当て、地域に「笑顔」を取りもどそうとするプロジェクトが企画された。
具体的には、唄い踊り継がれた盆踊りを復活させるために、「新しい怒田集落の唄」をつくること。地域の唄は、その当時の生活や生業のなかから生まれ、受け継がれてゆく。消えゆく集落だからこそ、新しい唄、新しい文化が必要だと考えたからである。
そのためには、外部の力が欠かせない。高知大学地域協働学部の教員と学生、さらにミュージシャン、地域アートコーディネイター、映像作家などのアーティストがプロジェクトに加わった。高知大学がすでに、愛媛大学が主導する日本とインドネシアの6大学間でSUIJI(Six-University Initiative Japan Indonesia)コンソーシアムを形成していたことも大きかった。両国の学生が農山漁村に約3週間にわたって滞在、言語・文化・専門の違いを超えて、地域が直面する課題に取り組みながら共に学ぶという共同教育プログラムの成果を活用できた。以上の点から、本プロジェクトは社会連携賞に値すると評価できる。
なお、今回の受賞者は三村氏個人であるが、活動そのものはさまざまな役割の多くの人が関わっており、またそのこと自体が重要である。異なる思考・価値観をもつ人たちが個別に活動を行っても、大きな知恵と価値を生むことにはつながりにくい。地域理解・他者理解は言うまでもないが、異なるものを「媒介」することが重要である。三村氏はコーディネーターとして、そしてプロデューサーとして、異質なものをつなげる知的作業を成し得ることができた。
プロジェクトでは四つの楽曲と映像作品ができあがった。こうした作品を制作するプロセスを通じて、怒田集落の人々は、埋もれかけていた自らの地域の「大切なもの」を再認識することになった。高知大学の教員・学生にとっては、具体的研究・学習成果となっただけでなく、研究・教育が一体となった長く続くフィールドを手に入れることができた。そしてアーティストにとっては、それぞれ創作活動に新たな発想と表現手法を身に着けることができた。
一人の研究者として三村氏の得るところは大きかったと思われる。それゆえ最後に、授賞にあたっての課題を提示しておきたい。研究者が、地域において研究者以外と協働することによってもたらされる「創造」について、共有できるように記録・ドキュメンテーションを行うということである。この社会連携活動が「研究」として蓄積され、別の地域において発展的に活かすことができるようになることを期待したい。
2020年 11月 21日
地域研究コンソーシアム賞審査委員会
1967年広県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。現在は東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は農村社会学・中国地域研究。著書(単著)に、『草の根の中国─村落ガバナンスと資源循環』(東京大学出版会、2019 年8月、1-306頁)、《日本視野中的中国农村精英: 关系、团结、三农政治》(山东人民出版社、2012年9月、1-274頁)、『二十世紀中国の革命と農村』(山川出版社、2008年4月、1-90頁)、『中国農村の権力構造─建国初期のエリート再編』(御茶の水書房、2004年、1-302頁)。 |
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教。博士(人文科学)。専攻は歴史学(エジプト中近世史)。2011年お茶の水女子大学で学位を取得後、日本学術振興会特別研究員(PD)、東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門特任研究員(U-PARL)、早稲田大学イスラーム地域研究機構研究助手などを経て、2018年より現職。土地制度や水利行政の観点から国家とエジプト農村社会との関係について研究している。また、歴史学における分析手法の開拓やオープンサイエンスにも関心があり、共同研究(通称Qalawun VR Project) を立ち上げ、エジプト・カイロのイスラーム宗教建築のVRツアーやイスラーム建築史や中世エジプト史に関する学習コンテンツの公開も進める。 |
愛知大学国際コミュニケーション学部准教授。カリフォルニア大学バークレー校政治学部を卒業後、JICA海外協力隊員として西アフリカのブルキナファソで活動。ガーナ北部をフィールドに東京大学で博士論文を執筆し、2015年に博士号(農学)を取得。日本学術振興会特別研究員、プリンストン大学歴史学部ポスドクフェローを経て、2020年4月より現職。農業、環境、ジェンダーと開発をテーマに、民族誌学と歴史学の手法を融合させる研究をおこなっている。 |
国立民族学博物館准教授。博士(社会人類学)。専門は米国先住民研究、博物館人類学。東京都立大学大学院社会科学研究科修士・博士課程修了。日本学術振興会特別研究員PDを経て、2011年4月に助教として国立民族学博物館に着任。世界の博物館が収蔵する民族誌資料をソースコミュニティの人々の記憶と経験によってリアニメイト(文化的生命力の回復)させ、その様子をデジタル映像協働民族誌にまとめながら、ソースコミュニティの伝統復興などに活用する取り組みを行っている。 |
大学共同利用機関法人人間文化研究機構総合地球環境学研究所、研究基盤国際センター研究員。専門は建築学(建築・都市史)。国士舘大学工学部卒業、同大学院工学研究科修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得満期退学。総合地球環境学研究所では、2012年よりプロジェクト研究員(メガ都市プロジェクト)、研究基盤国際センター研究推進員を経て、2018年より現職。人口1000万人を超すメガシティから過疎高齢化する集落までを対象に人と自然が調和した暮らしの住まいについて研究を行う。 |
この度は、小著『草の根の中国』に「地域研究コンソーシアム賞」を授与いただき、大変ありがとうございました。光栄に存じます。私は中国の研究を志してから、「地域研究」にはそれなりのこだわりを持ってきましたので、「地域研究」の名前を冠した賞を頂けることにつき、感慨もひとしおです。
『草の根の中国』は、中国農村を「三農(農民・農業・農村)問題」として括ってしまいがちな外部の目線を相対化して、草の根レベルの内部目線から中国社会をとらえ直す試みです。そのために、懐の深い社会の分厚い末端部分をなしている農村の根っこの部分にまで分け入っていきます。この本が執筆されるまで、私は20年近く、「定点観測」の手法で中国の村々を繰り返し訪れ、フィールド・ワークを続けてきました。農家に住み込み、食事を共にし、あぜ道を歩き回り、オンドルの上でお喋りをしながら、中国農村に住む人々の等身大の姿を理解し、その生活の内在的ロジックに迫りたいと考えてきました。一見して自分勝手でバラバラに見える農民たちは、互いに見栄を張りあい、ライバル意識を持ちつつも、ここぞというときには互いに協力し合い、あるいは団結さえして、日常生活で生じてくる様々な問題を組織的に解決していきます。農地の灌漑、道路づくり、学校の設立、飲水や定期市、宗教施設の設置などの共同的活動を小著では「村落ガバナンス」と呼び、農村のリーダーや住民たちがその時々で利用可能な「資源」を探し出し、臨機応変に組み合わせ、それらを循環させることで諸問題を解決している点を具体的な事例で描き出しました。
このような小著の内容は、地域研究コンソーシアムの趣旨として示されているとおり、地域やディシプリンを「越境」する可能性、すなわち「国家や地域を横断し、人文・社会科学系および自然科学系の諸学問を統合する新たな知の営みとしての地域研究」というポイントにも沿うものだったのではないかと考えています。
第一に、小著の研究対象地域は大きく見れば「中国」で、より細かく見れば山東省、江西省、貴州省、甘粛省というそれぞれに個性的なサブ地域に位置する村々です。小著の大きな特徴の一つは、地域を越境する試みとして、重層的な「比較」の視点を積極的に分析の中に取り込んだ点だと思っています。すなわち、中国国内の四地域の村落の比較によりそれぞれの個性を浮き彫りにすることはもちろん、中国農村の全体的特徴を、ロシア農村やインド農村との潜在的比較を通じて大まかに理解しようとしています。こうした視点は、私自身が、ロシア農村やインド農村でも中国と同様の村落調査を展開しながら、手探りで獲得したものです。それだけに、一国主義的な中国研究ではなかなか留意される事のない中国農村の特徴を示せたのではないかと思います。付け加えるなら、著者の国際比較の視点は、2013年に地域研究コンソーシアムの「研究企画賞」を受賞した文科省新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」(研究代表者: 田畑伸一郎)に負うところが大きいと思っています。
第二に、本書の拠って立つ基本的な研究方法=ディシプリンは農村社会学です。しかし、小著では、対象地域にみられる狭い意味での社会関係や共同組織だけを切り取るようなアプローチは回避しています。その代わり、各地域の「村落ガバナンス」を描き出すにあたり、まずは中国農村全体や各地域の歴史的背景の把握から始め、つぎに各農村を取りまく気候、地形、風土などの生態環境、それらに規定される農業の形態や農家経済、出稼ぎなど農外就業、市場経済の影響、さらに政府の農業政策の変化まで含め、ディシプリンの枠にとらわれない総合的な「地域」の理解を目指しています。中西徹・東大教授による小著への書評で述べられたように、「本書は、日本がグローバル化の先に到達するであろうシステムの中で、如何なる対応が可能なのかを考える際に、有益な示唆を与えてくれるという意味で、社会科学分野において幅広い波及効果を有するもの」(『教養学部報』第616号)というあたりも、今回、小著を評価いただいた理由の一つなのかもしれません。
最後に、地域研究者が当初、対象に定めた地域やディシプリンを「越境」することは、実のところ些かの勇気を要することです。しかし、あえて「越境」してみることで、自身の地域研究が豊かになるというのは間違いないと思います。良い意味での「遊び心」をもって、地域や方法を軽やかに飛び越えていく研究者が増えること、小著がいささかなりともその後押しの役を担えるならば、これに勝る喜びはありません。あらためて、賞という形で小著に新しい光を当てていただいたことに、厚く御礼申し上げます。
このたびは、「地域研究コンソーシアム賞」登竜賞という素晴らしい賞をいただき、誠に光栄です。コロナ禍でさまざまな制約があるなか、審査に当たってくださいました審査員の先生方、関係者のみなさまに心より感謝申し上げます。
拙著は中世から近世にかけての移行期を扱った歴史書です。これまでの授賞歴において、歴史学での授賞作品は主に近代以降を対象としたものでしたので、当初は、中世をあつかう歴史書は同賞の審査対象から外れるのではないかと考えていました。そのようなところ、拙著も十分に地域研究の成果として審査の対象になるのだと、先輩方に背中を押していただき、今回の賞を拝受することになりました。中近世をあつかう拙著が地域研究の一つとして評価されたことを大変うれしく思うとともに、古い時代をあつかう歴史学の見地から地域研究にどのように貢献できるのかについてますます考える機会をいただいたと感じています。
拙著において、私は、ナイルによる灌漑がどのように維持管理されてきたかという問題を議論の柱の一つとし、不明であった中近世における灌漑の方法を明らかにし、土手や水路などの灌漑設備の維持管理において国家や村落社会がどのように関わり合ったかについて論じました。ナイルは夏に水位が上がりはじめ、9月に最高潮に達します。古代王朝期から、この性質を利用した灌漑方法が採用され、中世へと引き継がれ、発展していきました。その後、ナイルの自然の水位の変化は、アスワンハイ・ダムの完成(1970年)により見られなくなりました。
研究を開始した当初、私は、アスワンハイ・ダム以前と以後で、エジプトにおける歴史の断絶があると考えていました。それは、ナイルが人の手で制御されるようになったという事実によるためだけでなく、自然やそれを利用した技術に対する人々の認識も大きく変化したと考えるためです。現代のエジプトの人々にとって、それまでの灌漑方法は、すでに終わったものであり、後進性の象徴にもなっています。今から10年ほど前、エジプトの水問題をテーマにした国際会議に出席したときのこと、そこで出会った現地の研究者に自分の研究関心について説明したあとに、「ダ・ハラース(それは終わったこと)」と一蹴されたことは、衝撃的で、今でもよく覚えています。自分が研究している中近世のエジプトは、現在のエジプトとはまったく異なる世界なのだろうか、と考えさせられました。
その数年後、日本学術振興会カイロ研究連絡センターで研究発表をさせていただいた際に、現地で開発調査業務に携わっておられる日本人技術者の方と意見交換をする機会に恵まれました。その方によれば、新しい技術を導入しても、それが現地の農業従事者たちのあいだで維持されずに苦慮しているとのこと。また、維持管理体制などのソフトの面を考える上で、人々が歴史的に実践してきた維持管理のあり方を考慮に入れなくてはならないのだろうともおっしゃっていました。自分の研究が思いがけず、今の水問題の最前線で働いている人に関心を持っていただけたことに驚きながらも、水や土、その上で生きる人々との関係がそう簡単には変化しないものであることを知りました。
現代のわたしたちは、歴史の積み重ねの上に生きている——当然のことではありますが、どちらの体験も、このことを、身をもって知る機会になりました。今後の課題は、中近世と近現代の歴史叙述の接合です。これは大変難しい課題です。なぜならば、水利関係に限っても、膨大な量の文献があるためです。しかし、自分なりに中世から現代に至るまでの、エジプトの人々とナイルのつきあいを理解したいと考えています。今後とも、皆さまからのご指導をいただければ幸いに存じます。
このたび、『サバンナのジェンダー 西アフリカ農村経済の民族誌』が地域研究コンソーシアム賞の登竜賞を賜りますことを、大変光栄に存じます。選考員の先生方、ならびに本研究をご指導くださった先生方、調査へのご協力と貴重な助言をくださった皆様に、深く感謝申し上げます。
本書は、ガーナ北部の農村部を舞台に、20世紀後半の農村経済の転換期に着目し、男性と女性の「不可分な」生計関係とその変容を描いた民族誌です。この時期、近代農業の導入は従来の緻密で持続的な農法を解体させました。また、人口増加は土地不足と地力の低下を招きました。さらに構造調整政策が肥料価格を高騰させました。こうして、自家消費する穀物をはじめとする食料が恒常的に不足していくなか、日々、家で食事を用意する女性たちは、できるかぎり多くの作物を確保しようと奔走します。女性たちは、夫などの男性に、彼らのかぎりある土地の一部を要求して自分で畑を耕作し始めました。また、分け前を得る目的でほかの家の男性の作物の収穫を手伝いに出向いたり、男性が収穫するはずの作物を自ら先に収穫したりするようになりました。農業の低迷にともない、女性たちは農業労働を強化させることで、自分たち自身で、男性に代わって家計の負担を増やしていったのです。ここから浮き彫りになったのは、奇しくも同じく20世紀後半に始まった、女性の農業生産を拡大させる国際開発政策が、女性たちの労働と家計負担の増加に加担してきたという問題です。
私が地域研究として本書で重視したのは、フィールド調査をとおして現実の複雑さを描くことだけではなく、一つの結論を導き出すことです。国連をはじめとする開発援助機関は、女性の自律/自立のためとして、また女性の食料生産の役割を強調して、農村女性が農業で「活躍」できるよう、土地の再分配を促し、技術供与や資金提供をしてきました。援助機関のホームページには、女性への農業支援を歓迎する、当事者としての女性たち自身の声も掲載されています。女性も耕して稼ぎ、食料を生産することで子どもたちを食べさせる。このような開発言説を女性がなぞらえるのは、生活が苦しいなかでの生存戦略でもあります。長年、こうした開発の現場に身を置くなか、私は「労働の女性化」を明らかにすることで、ジェンダー平等を一義的に推し進める開発政策を問い直すことは重要だと考えました。
ただ、こうした実践的な意義にもまして、私が地域研究から魅了されたのは、フィールドで当事者たちの声の矛盾に気がつき、謎解きをする学術作業の過程そのものが楽しいからです。女性たちは、日々の家事と出産、子育てに加え、農作業を含む日々の労働で疲弊して苦しみの声を発している。それにもかかわらず、なぜ、より広い土地を耕すことを望み、自らでさらに負担を増やそうとするのか。男性たちは、自分たちの代わりに妻や母たちが畑を耕し、家計の負担を増やしてきたことをうしろめたく思っている。その一方で、なぜ、女性たちの要求にこたえて、足りない土地を女性たちに与えてきたのか。また、男性たちは、自分の家でも足りない作物を、なぜ、ほかの家の女性たちにも分け与えてきたのか。こうした疑問を掘り下げて検討するうえで、観察と会話の内容を記述し、農業データを収集しました。また、歴史の視点を加え、人びとの語りと記憶を行政史料と突き合わせることで農村経済の転換の過程を跡づけしました。こうした本書の特徴は、日本の学術界で培われた文理融合的な地域研究の方法論によるものです。この手法によって、開発言説が見えなくさせてきた男性と女性の不可分な生計関係と女性たちが直面してきた労働の増加の中身を、具体的に描くことができたと思っています。
地域研究コンソーシアム賞の受賞は、私にとって大きな励みとなりました。これからも、地域研究の重要性と魅力を伝えることができる成果を発信し、地域研究に貢献していく所存です。どうもありがとうございました。
このたびは、第10回地域研究コンソーシアム賞(研究企画賞部門)を頂き、誠にありがとうございます。大変名誉なことであり、とても嬉しく思います。審査をしてくださった先生方や審査のプロセスに携わった関係者の方々に対し、チームを代表してお礼を申し上げます。
私たちのチームは、文化人類学や文化情報科学を専門とする日本、米国、欧州の研究者、博物館の学芸員や資料管理に携わる職員、そして博物館が収蔵する民族誌資料のソースコミュニティの人々(制作者、使用者、その子孫)として米国先住民ホピの方々から構成されています。私たちが目指してきたのは、民族誌資料を文化的な生命力が回復した状態で将来に継承していくための環境を整えることです。
民族誌資料は世界の民族集団が日常生活で使用してきた用具とみなされることが一般的で、それゆえ匿名性(アノニマス)や、類似する別のものとの代替可能性が特徴とされてきました。ミュージアムに収蔵される場合は、文化的他者たる学芸員が「科学的に」分類し、資料情報を記入してからすぐに展示利用される場合もありますが、大多数は保存処理という物質的延命措置を施されると収蔵庫に直行し、そこに何年も佇むことになります。
私たちチームが行ったのは、収集以後に断絶状態にあった民族誌資料とソースコミュニティの人々とを「再会」させることです。各地の博物館を訪問し、収蔵機関の担当者が記したドキュメンテーションを確認しながら資料一点一点を熟覧し、ソースコミュニティの記憶や経験に基づく見解を収蔵機関の資料情報に反映(フォーラム化)させていきます。この活動は文化的他者が資料間の比較のために用意した項目に単語や短文解説を加筆することとは全く異なります。例えば、方言を含む現地語の発音や「もの」を取り扱う際の身体所作といった「もの」にまつわる地域知や、個々の資料の個性の発見に至ることもある熟覧者個人の記憶と経験に基づくナラティブの記録です。「もの語り」はその場限りの出来事とせず、それを視聴しながら「もの」を理解できるように映像収録し、デジタル映像アーカイブとして編んでいます。「もの」の物質的な継承だけでなく「もの語り」に発現する人々の存在をも将来に継承していく、協働機関としての人類学博物館の新たな役割を模索する試みといえます。
2014年のプロジェクト発足当初から参加した博物館は、北アリゾナ博物館(米国)、日本のリトルワールドと天理大学附属天理参考館、そして国立民族学博物館(民博)の4館でした。その後、プロジェクトの趣旨、ソースコミュニティとの協働に努める姿勢、短期間で確立した熟覧とその記録化の方法論などに賛同が得られ、米国スミソニアン協会の国立アメリカンインディアン博物館と国立自然史博物館、デンバー自然科学博物館などが連携機関として加わり、2019年度までに14機関と2名の個人コレクターが所蔵する約2500点の資料を「再会」の対象とすることができました。熟覧者として参加してくれた米国先住民ホピの22名は、「もの語り」映像を将来視聴するのは自分たちの隣人や子孫かも知れないという思いから、地元の文化的なルールに則った分類や呼称で資料を再整理しました。また、特別な文化的配慮が必要な「カルチュラル・センシティビティ」に該当する資料の管理・公表上の要望も収蔵機関に寄せました。「再会」を経ることで、従来想定されてこなかったさまざまな対話が生まれました。これこそがリアニメイト(文化的生命力の回復)の意味するところであり、私たちの協働研究の成果です。さて、6年間で収録した「もの語り」映像は700時間におよびます。これは民博のビデオテークの全番組の2倍以上の長さに該当します(2020年現在)。その全てを文字に起こし、それと全映像をソースコミュニティの人々と照合をしながら、宗教結社への加入儀礼を経ていないホピの子どもたちやホピ以外の人々に公表することができない部分を指定する作業も済ませました。単なるデータの流し込みではなく、膨大な手間と時間を要するアナログ作業を経た結果、ソースコミュニティの人々が育んできた伝統知や地域における偏差などを深く知ることに繋がりました。
「再会」プロジェクトは民博の「フォーラム型情報ミュージアム」と2つの科研費(26704012、15KK0069)として実施してきました。ソースコミュニティと博物館資料とを「再会」させて協働カタログを作り出すアイデア自体は、チームメイトで米国先住民ズニのジム・イノーテ氏の発案です。それを参考にしながら人類学博物館が主導する新たなプロジェクトとして練り直すことを勧めてくれた須藤健一先生(民博館長、当時)と岸上伸啓先生(民博副館長、当時)に感謝いたします。また、現館長の吉田憲司先生からは機関として多大なサポートを頂いていますし、事務職員や専門業者の存在も欠かせませんので感謝に堪えません。
このたび頂戴した賞は研究企画賞部門(Collaborative Research Category)です。出版済みの合計約4500ページの資料集(インターネット環境になくても「再会」の現場での発言を参照することができるテキスト)、学術論文、構築中のデジタル映像アーカイブ<https://ifm.minpaku.ac.jp/hopi/>など10件を活動実績として提出しました。個々の内容だけでなく、協働研究全体の趣旨や方法論や現在の到達点を高く評価して頂いたことはとても励みになります。共同研究を総合的に評価して頂けるような枠組をご用意頂いていたことが幸いいたしました。本賞に恥じぬよう、これからも人類学博物館が収蔵する民族誌資料のIndigenizationに関する協働プロジェクトを展開していきたいと思います。今後ともご指導ご鞭撻の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。
このたびは、第10回地域研究コンソーシアム賞の社会連携賞をいただき、誠にありがとうございます。運営委員の皆様、選考に携わって下さった皆様に心より御礼申し上げます。「笑う怒田プロジェクト」が名誉ある賞を賜り、大変光栄に思っています。
「笑う怒田プロジェクト」は、1)高知県長岡郡大豊町怒田(ぬた)集落の人々、2)高知大学地域協働学部の教員と学生、3)ミュージシャン、地域アートコーディネイター、演出家、映像作家などのアーティスト、4)総合地球環境学研究所等の研究者による4者が協働したプロジェクトです。私たちの活動では、集落調査や聞き書き、ワークショップを通じて、地域固有の言葉や方言、屋号など地域資源の文化創造、新たな資源利用として「地域の唄」づくりを行いました。
急斜面に切り開かれた、高知県、怒田集落の生活と生業には、暮らしの知恵が言葉のなかに脈々と受け継がれています。しかし、高齢化や人口の減少とともに、集落の知恵が詰まった言葉が、どこにも記録されずに消え去ろうとしています。集落の歴史が記述された古文書や日誌は保存されておらず、そのなかでどのようにして集落の暮らしの軌跡を残していくかが課題でした。私たちは、地域内で使われる言葉、地域をイメージできる言葉、地域の特色となる言葉などを「たらしめことば(地域を地域たらしめる言葉)」と呼んで、これを記録し、後世に残してゆきたいと思うようになりました。
集落での言葉の記録は、必ずしもはじめから唄づくりを目指していたわけではありません。農業体験やボランティア活動、意見交換会、複数回のフィールドワークを通して、大切に使われてきた言葉が残ったら、そして、みんなが楽しく歌って踊ることができたらという想いから唄づくりに取り掛かることにしました。集落の一人ひとりの記憶を頼りに、子供のときに遊んだ場所や思い出を紡ぎながら5つの「地域の唄」を作ることができました。この唄が集落を鮮やかに彩り、そして風土に根ざした言葉を未来の集落へ、豊かな暮らしとともに受け継がれていければ幸いです。
最後になりましたが、「笑う怒田プロジェクト」は多くの方々に支えられて活動することができました。怒田集落の皆様、NPO法人ぬた守る会、ぬたたの会(農業生産・販売ネットワーク)、高知大学地域協働学部、高知県文化財団助成事業「KOCHI ART PROJECTS 2018」、アーティストの皆様、総合地球環境学研究所ならびにご協力いただきました関係者のみなさまに心よりお礼申し上げます。本受賞を励みに、今後も社会に大きく貢献できるよう、より一層精進して参りたいと思います。