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JCAS賞2021審査結果

 第11回(2021年度)地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の授賞対象作品ならびに授賞対象活動について下記の通り、審査結果を発表します。

 地域研究コンソーシアム賞の研究作品賞は、地域や国境、そして学問領域などの既存の枠を越える研究成果を対象とするもので、作品の完成度を評価基準としています。登竜賞も研究作品賞と同様の趣旨ですが、研究経歴の比較的短い方を対象としていますので、作品の完成度に加えて斬新な指向性や豊かなアイディアを重視して評価しました。研究企画賞は共同研究企画の活動実績、また社会連携賞は教育・人材育成のための連携・協力をはじめ、狭義の学術研究の枠を越えた社会との連携活動実績を対象としています。
 審査については、運営委員会が担う一次審査によって審査対象作品および活動を絞り込み、専門委員から、一次審査で絞り込んだ作品あるいは活動に対する評価を書面で回答していただきました。今年度の専門委員は、研究作品賞については和泉真澄氏、倉沢愛子氏、鈴木茂氏、寺田勇文氏、登竜賞については河野泰之氏、佐藤仁氏、三尾裕子氏、研究企画賞・社会連携賞については佐藤寛氏、武内進一氏、峯陽一氏にお願いしました。そして、一次審査の結果および専門委員の評価を踏まえて、地域研究コンソーシアム賞審査委員会(理事会)において最終審査を行いました。この場を借りて、審査に関わってくださった皆さま、とりわけ専門委員諸氏に篤く御礼申し上げます。
 今回の募集に対して、研究作品賞候補作品14件、登竜賞候補作品22件、研究企画賞候補活動2件、社会連携賞候補活動5件の推薦があり、一次審査によって絞り込まれ専門委員による評価の対象となった作品および活動は、研究作品賞2件、登竜賞3件、研究企画賞2件、社会連携賞2件でした。
 多くの優れた作品・活動の推挙を感謝申し上げますとともに、受賞された皆さまには、委員会を代表して心からお祝いを申し上げます。


【研究作品賞】
荒哲『日本占領下のレイテ島』(東京大学出版会、2021年2月)

 アジア太平洋戦争期、フィリピンは軍民ともに最も多くの犠牲者を出した激戦地として知られている。フィリピンは1935年のコモンウエルス政府設立から10年後に米国からの独立を約束されており、日本軍の侵攻、軍政は歓迎されなかった。
 本書は、日本占領期のフィリピンのなかでも、マニラから遠く離れたレイテ島という一地方社会において、日本軍の侵攻がローカルな政治と社会にどのようなインパクトを与えたかを克明に記述した労作である。対日協力、対日抵抗という単純な図式を超えて、貧困、治安の悪さ、対米思想、既得権益、政治抗争、階級闘争などが複雑に絡み合いながら、住民間の暴力が誘発されていく様子がフィリピン、米国、日本側の一次史料、関係者の聞き書きに基づき、極めてオーソドックスな手法を手堅く着実にこなす形で描き出されている。20年を超える著者の重厚な調査研究活動が紡ぎ出した迫力ある作品と言えるだろう。
 なかでも特筆すべきは、民衆による対日協力問題を、同地のエリートによる対日協力と比較しながら論じた点にある。本書によれば、フィリピン革命以後、米国植民地期を経たレイテ島の社会階級状況は、都市部と異なり、エリートを単純な図式で説明できないほど複雑な様相を呈していた。マニラの中央政治と直結し、地方政治を掌握していた州トップの政治家とはまったく異なる階級的地位にあった町村レベルの指導者が日本占領時代を期して、抗日ゲリラのリーダー、あるいは対日協力の首長として権力を掌握し、階級上昇した例も顕著に見られたと言う。
 そこで本書では、中央政界とのつながりを持つナショナルなレベルのエリート、レイテ島の地方エリート、さらに下位中間層以下の住民をそれぞれのアクターとして捉えたうえで、戦前期のレイテ島の政治社会状況、階級階層間の利害対立が日本占領期における各アクターの複雑な動きに結びついていたことを、社会史的な記述により論じている。巻末には本書に登場する人名が200件ほど挙げられており、その多くがレイテ島内の関係者である。戦時下という特異な時期の対日協力者、抗日ゲリラなど、人びとの動向を具体的かつ克明に検討している点で、日本占領期研究のみならず、フィリピン地方史研究においても画期的な業績として高く評価されるべきであろう。
 さらに、民衆による対日協力は表層的には日和見主義的な動機によるものだったとしても、レイテ島の非対称的な社会状況において、経済的な貧困に苦しむ社会的地位の低い住民の心情がそこに見え隠れすることも指摘されている。こうした視点はこれまで、フィリピンの対日協力問題では見過ごされがちであった。とりわけマニラ以外の地方社会における実態はほとんど解明されておらず、そうした点でも本書は、特定の地域、地方社会をその内部から理解しようとするフィリピン地域研究に大きく貢献するものとして高く評価できる。
 以上の点から、本書は地域研究コンソーシアム研究作品賞に値する。

【登竜賞】
村橋勲『南スーダンの独立・内戦・難民――希望と絶望のあいだ』(昭和堂、2021年2月)

 地域紛争の様態や人びとの希求する生が大きく変化しつつある現代社会において、地域社会のひずみが顕在化する難民をめぐる研究は、地域研究における中心課題と言っても過言ではない。アフリカでは、2013年末に内戦状態に陥った南スーダンで、国民の3分の1が故郷を追われた。また、南スーダン難民の流入を受けてアフリカ最大の難民受け入れ国となったウガンダでは、新たな難民支援計画が導入され、その支援モデルは国際社会や国連機関の注目を集めることになって行く。
 本書は、2013年から2018年にかけて著者が南スーダンとウガンダで実施したフィールドワークで取得した緻密な現地データに基づき、当事者の視点から、南スーダンの人道危機、ウガンダにおける南スーダン難民支援、南スーダン難民の生活実践・生活戦略について詳細かつ多角的に考察した良質な民族誌である。現地調査に基づくミクロ分析、史資料に基づくマクロ政治分析を組み合わせ、「エスニック化」する難民コミュニティの問題、「自立」を目指す人道主義のあり方の限界といった問題を再考しており、人道主義のアップデートにも寄与する第一級の研究書と言える。
 そこではまず、南スーダンとウガンダの国境地帯を人びとが頻繁に行き来してきた歴史が確認され、次いで第二次スーダン内戦後から新たな紛争へと至る南スーダンの政治社会的文脈、また紛争下における難民それぞれの越境の動機や願望が明らかにされる。さらに、国際的にみて人道支援の言説や枠組みが従来の「管理とケア」型から「自立とレジリエンス」型の支援へと移行するなかで、難民たちが出身地とのネットワークを利用しつつ、難民居住区を含む受け入れ社会の多様なアクターとの間に市場志向的な社会経済活動を主体的に生み出すことで、受け入れ国の経済にも影響を及ぼしているさまが具体的に明らかにされた。
 このようにして本書は、紛争下で国境を越える人々の移動が、紛争による強制的な故郷喪失という側面だけでなく、新たな生活機会を希求する自発的越境という側面も持っていたこと、また、人道支援の言説や枠組みの変化は、人々の生計活動をより市場志向的なものとし、難民居住地だけでなく難民受け入れ地域にも一定の経済的効果をもたらし得る一方、人々の経済活動はより市場化・個人化する傾向にあり、難民受け入れ地域の人口急増とともに、格差の拡大を生み出すリスクがあることを指摘するが、その分析と考察は見事と言うより他はなく、地域を超えた難民研究に比較の視座を提供し得る著作として高く評価される。
 難民問題を検討する上で考慮すべき観点が余すところなく検討されているばかりか、議論もよく整理され、平易な記述と相俟って、アフリカ研究や難民研究にとどまらない射程を有する作品と言える。地域横断性、学際性、現実社会の課題に対する応答性のいずれにおいても水準が高く、地域研究の質的向上に貢献する意欲的で優れた著作と評価することができよう。
 以上の点から、本書は地域研究コンソーシアム登竜賞に値する。


【研究企画賞】
岩田拓夫「Iwata Takuo (ed.) (2020). New Asian Approaches to Africa: Rivalries and Collaborations, Wilmington: Vernon Press」

 本書は、経済発展にともなって21世紀の国際社会における存在感を急速に高めつつあるアジア諸国とアフリカ諸国との変わりゆく関係に着目し、アフリカ諸国に対するアジア4か国の関与の変化について、日本・中国・インド・韓国を代表するアフリカ地域研究者とアフリカ(南アフリカ)のアジア地域研究者とが行った国際的な共同研究の成果である。
 そこではまず、日・中・印・韓4か国のアフリカ諸国に対する外交的アプローチについて、各国が主催してきたアフリカフォーラム(TICAD、FOCAC、IAFS、KAF)に焦点を当てた政策分析が行われ、次いで外交・政治・援助以外の観点として、日本・中国・韓国からアフリカ諸国への文化的なアプローチが考察される。さらに近年注目される事例として、ビジネスと援助の連携や開発援助の国際的なレジームの変化を取り上げるなど、本書の最大の特色は、日本を含むアジアとアフリカの関係を援助や外交に限定せず、文化交流やビジネスの側面も含め、多角的・相互連関的に理解しようと試みた点にあると言えるだろう。
 個々の論文における記述の精粗は否定できず、アフリカ側の対応に関する分析についても物足りなさが残るものの、アフリカの開発・発展に関するアジア側の理解を整理すると同時に、アフリカの側から見たアジアからの開発支援の姿を点描した良書であり、優れた研究企画と評価できる。近年、アジアとアフリカのつながりがかつてのヨーロッパ経由のルートから政治・経済・文化など、多様な直接的ルートに移行している流れを踏まえ、アジア・アフリカの研究者ネットワークを活用した本研究企画が立てられたことは時宜にかなっており、今後の地域研究の広がりに貢献するものと考えられる。さらにアジア諸国のアフリカ研究者を集めて一冊の本をつくろうという企画力を存分に発揮する形で、米国の出版社から英文で成果を公表するに至ったことは、今後のこの分野の研究の基礎を提供したという意味で大きな貢献と評価されよう。共同研究者の世代も各国の第一人者から30代の若手まで幅広く、それぞれの専門分野も文化人類学、歴史学、経済学、政治学、国際関係論、援助研究等々、多様なうえに、執筆者10 名のうち6 名を女性研究者が占めるなど、国際性と学際性、多様性に富んだ研究企画となっている。
 このように本書は、国籍、世代、学問領域、研究地域において極めて多様な共同研究者が、それぞれ異なる視点・アプローチから「変動激しいアジアとアフリカの関係を描き出す」という共通の目的を持って取り組んだ、地域研究の展開の好事例として、研究企画賞に値すると評価できる。


【社会連携賞】
NPO法人アフリック・アフリカ「コンゴ・水上輸送プロジェクト」

 本プロジェクトは、アフリカで長期現地調査の経験を有する地域研究者が中心となって 2004年に設立され、学術的視点に基づいて現地での支援活動と日本での情報発信をおこなってきた会員約60名のNPOが継続的に取り組んでいる3つのアフリカ支援プロジェクトのひとつである。
 コンゴ民主共和国の森林地域に暮らす人々は、紛争による交通インフラの崩壊により生活の困窮を余儀なくされていることから、本プロジェクトでは河川の交通に着目し、森林地域の村の地域産品を船で都市まで輸送することを支援した。輸送手段を提供することによって経済活動を活性化するだけでなく、プロジェクトへの参加を通じた地域住民の人材育成や、外部者もふくむ関係者同士の協力体制強化を目指すものでもあり、地域住民との協働による開発実践として意義深い取り組みと言えるだろう。また、1 回の商品輸送支援で終わるのではなく、継続的な取り組みとして実施されている点にも本プロジェクトの特徴がある。マイナス面も含め、プロジェクトが地域社会に与えた影響を検証しようとする姿勢、また過剰な資源利用を抑えた持続的な資源管理システムの構築を目指している点も重要である。
 途上国社会を対象とする地域研究者が行きがかり上、開発支援実践に関与しなければならなくなる事例は少なくないが、そうした場合に地域研究者はこれまで、「研究者」と「支援者」の立場を切り離して自分を納得させることが多かった。しかしながら近年では、開発実践自体を研究対象の中に組み入れる「プロジェクトエスノグラフィー」的なアプローチを積極的に取ることも行われるようになっており、本プロジェクトはそれを意図的かつ大規模に実践した記録と言える。地域研究の成果を実践活動に直接生かすことを志向し、実践活動を研究の一環として位置づけ、研究と実践の統合を図った意欲的な取り組みである。プロジェクトの中心を担っているのが若手研究者であること、また、これから息の長い連携になるであろうことを予感させる点も、高く評価したい。
 なお、日本社会に対する働きかけという点では、本プロジェクトの内容を広く一般に伝える目的で、2018年1月から約1年にわたってNPOのウェブサイトで連載されたレポートに基づく書籍『コンゴ・森と河をつなぐ 人類学者と地域住民がめざす開発と保全の両立』が明石書店から2020年3 月に刊行されている。入念な編集作業の結果、同書には現地住民の日々の暮らしから価値観までが軽妙な筆致で表現されており、広く一般に向けて調査地の特色や魅力を伝える優れたルポルタージュであると同時に、地域研究の根本に自然と生態の研究があることを再認識させる良書と言えるだろう。
 以上の点から、本プロジェクトは社会連携賞に値する。


2021年 10月 30日

地域研究コンソーシアム賞審査委員会




受賞者紹介

荒 哲 (あら さとし)

福島大学基盤教育非常勤講師。フィリピン大学大学院フィリピン研究学博士課程修了(Ph.D in Philippine Studies)。専攻は国際関係論、フィリピン近現代史。文部省(現文部科学省)アジア諸国派遣留学生としてフィリピンに滞在。元フィリピン・デラサール大学教養部歴史学科准教授としてフィリピン史、日比関係史を教え、日本占領下フィリピン社会の変容に関する論考を多数刊行する。現在はアジア史関連をテーマとした英語科目を教えつつ、民衆史の視点からの日本占領下フィリピンに関する研究を続けている。



村橋 勲 (むらはし いさお)

東京外国語大学現代アフリカ地域研究センター特任研究員。専門は文化人類学、アフリカ地域研究。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了後、NHKカメラマン。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程に入学後、南スーダンの紛争と難民に関する研究を行い、2019年に博士号(人間科学)を取得。同志社大学非常勤講師、日本学術振興会特別研究員PDを経て、2020年より現職。紛争下でのヒトの移動、グローバルな人道支援、難民の生活戦略などについて調査を進めている。また、南スーダンのナイル系農牧民の政治体系に関する民族誌的研究や、映像アーカイブを活用したフィールドワークなどにも取り組んでいる。

    


岩田 拓夫 (いわた たくお)

立命館大学国際関係学部教授。専門は比較政治、アフリカ政治研究。神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。主にアフリカ政治(民主化、地方分権化、国境、下からの政治、笑いと政治、自治体間国際協力)やアフリカの国際関係(近年は、アジアとアフリカの地域間の国際関係)について研究を続けてきた。

    


NPO法人アフリック・アフリカ代表理事 松浦 直毅 (まつうら なおき)

静岡県立大学国際関係学部助教。博士(理学)。専門は人類学、アフリカ地域研究。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員PDを経て2012年より現職。NPO法人アフリック・アフリカ代表理事、NPO法人ビーリア(ボノボ)保護支援会理事も務める。アフリカ熱帯林地域において人類学的研究に取り組むとともに、保全と開発にかかわる実践活動をおこなっている。おもな著作に、『現代の「森の民」:中部アフリカ、バボンゴ・ピグミーの民族誌』(昭和堂、2012年)、『コンゴ・森と河をつなぐ:人類学者と地域住民がめざす開発と保全の両立』(共編著、明石書店、2020年)がある。

    


受賞者からの一言

◆荒 哲氏

 この度は、私の拙著『日本占領下のレイテ島:抵抗と協力をめぐるフィリピン周縁社会』に「地域研究コンソーシアム賞」を授与いただき大変ありがとうございました。まずは、拙著刊行の企画並びに出版に尽力していただいた東京大学出版会の編集者の方々、並びに今回、賞授与にあたって審査に関わられました審査委員の諸先生方々に深く御礼申しあげます。
 今回、拙著の根本にある視点は、フィリピン社会で政治経済の実権を握るエリート以外の底辺に位置するフィリピン大衆に対するまなざしです。ここでは、社会史方法論を積極的に活用しながら、日本占領期のフィリピン社会、とりわけ従来までのフィリピン史記述で等閑視されてきた地方で展開された日本占領を描こうと努力しました。拙著で主に使用された史料は、終戦直後から米軍諜報部隊(CIC)がレイテ島各地において対日協力被疑者に対して行ったCIC文書や、独立新政府の下でその文書を証拠としてそれら被疑者を起訴した特別国民裁判所(People’s Court)関連の記録です。この史料は、特別国民裁判における各審理が終了して後、マニラの司法省内部のアーカイブに長らく保管されていましたが、80年代以降にマニラ郊外のケソン市にあるフィリピン大学の図書館に移送されました。しかし不思議なことに、フィリピンの歴史家によって積極的にこの史料が利用されることはほとんどありませんでした。
 私は、延べにして10年にわたるフィリピン生活の中で、この史料を頻繁に閲覧し、少しずつ収集してきました。この史料によって、戦時中における多くの名もなきフィリピン地方社会の底辺に位置する人々(中小エリート、土地の無い貧農層に属する人々)の動きがある程度再現できます。この史料収集の他、90年代初頭から今世紀にかけて、機会のあるたびに現地レイテ島へわたり、関係者への面談調査も行いました。拙著の「あとがき」にも書いたのですが、私は身分上、科研費申請をするための研究者番号がありませんので、それを打開すべく個人的に申請した民間財団からの研究助成(福武学術文化振興財団、三菱財団)を受けることができました。その援助で二度、アメリカへわたり、メリーランド州にある国立公文書館でのリサーチにより、フィリピン戦関連の資料を収集することができました。こうした史資料をもとに書かれた本書は、過去10数年にわたって私が刊行してきた諸論文の内容に基づいてはいますが、その半分以上は加筆された書下ろしの箇所で構成されており、本全体の議論の展開をスムーズにさせるため、元々の論文の内容も大幅に書き改めています。小著では、フィリピンの地方に君臨するトップエリート並びにその社会の底辺を構成する数多くの大衆たちの日本占領に対する対応を分析し、欧米流の視点、いわゆるオリエンタリズムによらない視点で日本占領期に頻発した戦時暴力と社会変容を検討しながら、その戦時暴力と現代フィリピン社会に横行する暴力との連関性を見出す可能性を示唆しています。
 現代フィリピン社会の暴力の背景には様々な要因があることは言うまでもないのですが、私はこの暴力を歴史的な文脈で見る必要があるのではないかと思っております。東南アジアのフィリピンにおいて、大方のフィリピン史記述が反帝国主義ないし反植民地主義の文脈の中に位置付けられている現状を鑑みるとき、フィリピンの大衆にとってのフィリピン史上最悪の暴力とは日本占領期に頻発した暴力であるとの見方が未だに一般的です。しかし、20世紀の転換期において、特に比米戦争後のアメリカによる初期のフィリピン支配で多発した暴力に関しての記憶が、戦後の親米感情の定着と共に次第に抹消されていくという事実は、私に対してこうした見方は極めて偏った歴史的記憶ではないかとの考えを生まれさせるに至りました。それと同時に私には、フィリピンの周縁社会内で貧困大衆間にくすぶり続けていると思われる非対称社会是正を希求するエネルギーがエリート層によって踏み潰され、そして忘れ去られている現状が現在のフィリピン社会に横行する暴力の源流になっているのではないかとの思いが募っております。今後は、日本占領下にあったレイテ島以外のフィリピンの地方で展開された多種多様な歴史を掘り起こしつつ、戦時暴力がフィリピン社会に与えた影響をより詳細に検討していきたいと思います。


◆村橋 勲氏

 このたびは、第11回地域研究コンソーシアム賞登竜賞という光栄な賞をいただき、誠にありがとうございます。まず、審査委員の先生方に深く感謝申し上げます。そして、本書の基になった博士論文の調査と執筆にあたり親身に指導してくださった栗本英世先生を含め、貴重な助言をくださったすべての先生方に改めてお礼申し上げます。また、調査研究において協力いただいた皆さまにも心から感謝いたします。
 地域研究者は、フィールドワークを行うなかで、今まさに目の前で起きていること、あるいは、現地の人々がもっとも関心を払っていることを調査研究の中心に据えることが求められます。そのことは、予め準備したリサーチクエスチョンや調査項目を、フィールドの状況に応じて変化させていく可能性を示しています。私は、社会人を経て博士課程に入った後、「希望に満ちた国」と語られていた南スーダンにおいて、まだ十分に研究が進んでいなかった農村地域の調査に着手しました。当時は、紛争後の農村社会の社会構造の変化に関心をもっており、そこには、スーダン内戦後の復興のなかで社会が安定するのではないかという期待と想定があったことは確かです。そのため、私が現地で調査中であった2013年末に、首都ジュバで勃発した銃撃戦をきっかけに再び国内が内戦状態になった事態は衝撃であり、それは南スーダンの内部で一体、何が起きているのかという国家それ自体への関心へと私を向けました。
 しかしながら、その後も南スーダンの混乱は収束の兆しを見せず、私は、調査地を隣国ウガンダの難民居住地に変え、「難民」となった南スーダンの人々の経験や生活、そして、彼らへの人道支援について調査することにしました。これまで難民支援活動にかかわったことのない私にとって、難民居住地は、馴染みもなく、また、一時的で、捉えどころのないフィールドに見えました。しかし、「難民」と付き合うなかで、難民居住地には、南スーダンの農村とは異なる社会関係があり、人々の生き方があるのだということに気づくようになりました。また、研究においても、難民研究という学際的な研究領域に足を踏み入れる契機となりました。その一方で、刻々と変化する南スーダンの情勢を追うために、報道記事や調査報告を収集し、さらに栗本先生を通じて国外の南スーダン研究者と交流することで情報の把握に努めました。こうした想定外の事態に対処しながら手探りで調査を進めた結果が博士論文、さらに拙著へとつながりました。その過程において、必然的に、私自身の専門である人類学だけでなく、難民や紛争、人道支援に関するさまざまな研究を参照することになりました。したがって、「難民」を手がかりに分野を越えた領域横断的な研究を目指すようになったと言えます。
 さて、地域研究のひとつの醍醐味は、現地調査を通じて得た経験や情報から、特定の地域やそこに暮らす人々について深く知ることによって、通俗的な理解を乗り越え、新たな知見を見出すことにあると思います。拙著がそのような貢献をしたかどうかは読者の判断に委ねますが、私が難民居住地でフィールドワークをしながら感じていたことは、難民や人道支援に対する一般的な理解と、私がじかにかかわりあっている人々の意見や考え方にはズレがあるということでした。たとえば、難民は、紛争の犠牲者であり、生きる希望を失った人々であるかのごとく扱われているところがありますが、実際のところ、人々が「難民」になるのは、紛争や経済状況の悪化といった社会的な条件だけでなく、教育を続けたいといった個人的な動機も含まれているのです。彼らは、やみくもに国外脱出をしているわけではなく、それぞれが意志と主体性をもつ人々なのです。
 また、私が長期のフィールドワークを行っていた2017年頃まで、国連機関やマスメディアの間では「ウガンダは難民の楽園である」という言説が共有されていました。しかし、フィールドワークの間、難民自身からウガンダの難民政策を評価する声はほとんど聞かれなかったし、むしろ、日常的に起こる揉め事について話を聞くなかで、現行の受け入れ制度には、表向きには言われていないことや、さまざまな矛盾があることに気づきました。
 それ以外にも、私の調査地周辺では、難民と難民受け入れ社会の間には緊張関係はあるものの、両者は、社会的かつ経済的に、もちつもたれつの関係にあると言えるところもあり、難民受け入れは負担であり、受け入れ社会の治安悪化につながるという先進諸国の一部にみられるような認識は必ずしもあてはまらないと思うこともありました。
 こうしたフィールドの現場での気づきを大切にしながら、どのように論文として分析していくかは、フィールドワークとは異なる労力を要しました。幸いなことに、当時、湖中真哉先生(第8回JCAS研究作品賞の受賞代表者)を中心とする研究班は人道支援に関する研究会をたびたび開催しており、こうした研究会への参加は、本書でとりあげた「レジリエンス」を含め昨今の人道支援における概念に対して、私がフィールドで見聞したデータから何が言えるかを考える貴重な機会を与えてくれました。
 それは、とくに本書の4~6章に反映されていますが、ここで、私は、支援活動の受益者である難民の生活実践だけでなく、難民を管理するシステムや支援活動の実務に携わる人々の考え方や実践にも注目しています。そうすることで、支援活動と難民の実践が、時にせめぎあい、時に協働しあうような相互作用のなかで難民の生活世界が作り出されていく様子を描き出そうとしました。それは、難民支援における個人主義的、市場志向的な傾向を批判的に検証する一方で、難民自身も難民受け入れ社会と新たなつながりを創出し、さまざまな経済活動に従事しているという現実を明らかにしたいと思ったからです。
 こうした難民の実践だけでなく人道支援をも分析対象に含めていく手法をとった理由は、拙著が、学術的な貢献だけを目指すわけではなく、難民支援や平和構築に関心をもつ一般の読者、とりわけ支援活動の実務に関心がある人に向けても書いているためです。ただ、私は、この本の中でウガンダの難民支援モデルを手放しで賞賛することはしていませんし、課題があるとはいえ、どのようにそれを改善できるかという具体的な方法を提示できたわけでもありません。また、南スーダンやその人々の今後についても、現時点で出しうる暫定的な結論を述べているにすぎません。そのため、実務家にとっては物足りなさも感じる内容であるかもしれませんが、今後の調査のためにも忌憚なきご意見をくださればと思います。
 最後に、私の今後の研究の展望を述べたいと思います。拙著は、ウガンダの難民支援モデルについて事例研究となりますが、世界に目を向ければ、紛争や災害はなくなることはなく、移民・難民の人口は増え続けています。それは、今後もさまざまな地域で人道支援が求められる状況が生まれることを意味しています。国や地域に応じて支援のあり方は変わると思いますが、この本のなかで示した論点と共通する課題は見出すことができるでしょう。私は、今回の授賞を励みにして、引き続き、アフリカにおける移民・難民に関する研究を続ける所存です。そのなかで、フィールドワークにおいては、移動する人々の声、感情、身体に迫るより密度の濃い調査を目指したいと思っていますし、一方で、学術的には、アフリカという一地域に留まらない普遍性のある議論に貢献したいと考えています。そして何よりも、調査をつうじてこれまで培った人々との関係性を持続するなかで、支援を求める人々自身がより良い未来を描くことができるような支援のあり方を模索していきたいと考えています。
 登竜賞という栄えある賞をいただく機会に恵まれた若手研究者として、改めて御礼申し上げるとともに、授賞を叱咤激励と捉え、今後も研究に邁進いたします。本当にありがとうございました。


◆岩田 拓夫氏

このたびは、本書(Iwata Takuo (ed.) (2020). New Asian Approaches to Africa: Rivalries and Collaborations, Wilmington: Vernon Press.)を、地域研究コンソーシアム研究企画賞にご選出いただいたことを大変光栄に思います。プロジェクトメンバー(各章執筆者)を代表して、厚く御礼申し上げます。コロナ禍での本務校でのご負担も多い中、審査に携わって下さった先生方、コンソーシアム事務局の先生方に重ねて御礼申し上げます。
 本書は、立命館大学国際地域研究所の共同研究プロジェクト「世界の中のアフリカ」において、主にアジアの主要4か国(日本、中国、インド、韓国)のアフリカ諸国への関与の変化に焦点を当て、アジア諸国を代表するアフリカ地域研究者と南アフリカ、韓国、ポルトガルのアジア地域研究者が参画した研究成果です。同研究所からの手厚い支援にも御礼申し上げます。
 本書は、主に3つのテーマによって構成されています。1つめは、アジア主要4か国のアフリカ諸国に対する外交的アプローチの変容に関して、各国が主催してきたアフリカフォーラム(TICAD、FOCAC、IAFS、KAF)に焦点を当てて詳細な分析が行われています。2つめは、外交・政治・援助以外の観点として、アジア主要国からアフリカ諸国への文化的アプローチに関して考察されています。3つめは、近年注目される新しい事例として、ビジネスの展開、三角国際協力の課題、開発援助の国際的なレジームの変化に着目しています。本書の特色は、アジアとアフリカの関係を援助や外交に限定せず、文化交流(ソフトパワーの観点を含む)やビジネスの側面も含めて多角的、相互連関的に理解を深めようと試みている点です。本書は題名の通り「New Asian Approaches to Africa」というテーマを、それぞれの研究対象国を代表する研究者、気鋭の研究者にも執筆を担当していただき、(これまで欧米の研究者によって研究が国際的に発信されてきた潮流に対して)アジアから世界に研究成果を発信することができました。加えて、多様な学問的ディシプリン(文化人類学、歴史学、経済学、政治学、国際関係論)を専門とする、アジアのアフリカ研究者とアフリカのアジア研究者の間の協働を通じて、大陸をまたいだ国際研究ネットワークを構築できたことも成果であったと考えています。今後も本研究プロジェクトを通じて培われた国際的な研究ネットワークを発展させることを目指していきたいと思います。



◆NPO法人アフリック・アフリカ代表理事 松浦 直毅氏

このたびは、地域研究コンソーシアム賞・社会連携賞という名誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。受賞団体の代表理事として、審査員の先生方、団体の活動を支えてくださった皆様、成果の公開にご助力くださった皆様、そして現地で活動をともにしてきた地域住民の方々に、心より御礼申し上げます。いち地域研究者として光栄に感じるだけでなく、地域研究と実践をむすびつけることを目指した社会連携活動を評価していただいたこと、そして、個人としてではなく活動をともにしてきた仲間たちと一緒に受賞できたことをたいへん嬉しく思っております。
 NPO法人アフリック・アフリカは、私より少し上の世代のアフリカ研究者が、アフリカでのフィールドワークで学んだことを生かして社会貢献をしたい、お世話になってきたアフリカの方々に自分たちだからこそできる還元をしたい、という想いで2004年に立ち上げた団体で、私は少しあとから参加して、2017年から代表理事を務めています。今回の受賞対象となったのは、アフリック・アフリカの活動のひとつとして私と山口亮太さんが中心になってコンゴ民主共和国で実施しているプロジェクトですが、志を学び共有してきたアフリック・アフリカのメンバーから大きな影響を受けて着想し、アフリック・アフリカで培った経験を生かしたものであり、その意味で、地域研究を通じた社会貢献を標榜するアフリック・アフリカ全体に対して評価していただいたものと受けとめています。
 一方、プロジェクトの核となった水上輸送支援は、木村大治さんや高村伸吾さんをはじめとする研究チームのメンバーの多大な貢献によって実現されたものであり、その経緯をまとめた2020年3月刊行の書籍にもメンバーが多数かかわっています。また、同プロジェクトの一環として2020年末におこなった一般公開の連続オンラインセミナーは、NPO法人「ビーリア(ボノボ)保護支援会」の共催として、研究チームの全面的な協力によっておこなわれました。したがって今回の受賞は、コンゴ民主共和国の調査地でともに活動する研究チームの協力の賜物でもあると思っています。
 このプロジェクトの大きな特徴は、私たち地域研究者が長きにわたるフィールドワークで培ってきた地域に対する深い理解と住民との協力関係にもとづき、研究者自身も主体的に関与しておこなっている点にあります。事前の調査から事業実施後のフィードバックまでをふくむ一連の過程全体をプロジェクトと位置づけ、目標や活動内容を更新しながら継続的におこなっている点で、従来の開発事業とは一線を画しています。また、研究のかたわらで研究とは「別もの」として支援活動に取り組むのではなく、支援活動自体を研究対象としているとともに、「研究することが支援になる」ための枠組みの構築を目指している点で、研究と実践の統合を図った独創的な取り組みといえると思います。とりわけネガティブなイメージで語られることが多いコンゴ民主共和国について、現地での経験に根ざして地域社会の魅力を生き生きと伝えることを志向している点でも重要であると考えています。
 とはいえ、こうした私たちの目標はまだまだ十分に達成されているわけではなく、プロジェクトがそうであるように、絶え間なくつづく過程の途上にあると考えています。事業でえられた成果を学術研究としてさらに磨き鍛えていく必要があるとともに、開発と保全の両立という困難な実践的課題に取り組むべく、効果的かつ持続的なプロジェクトにするために改善を重ねていかなければなりません。しかしながら、折しもコロナ禍によって、2年以上にわたって現地に行けない状況がつづいています。これまでに築き上げてきたものが失われてしまう焦燥感や、今後の活動の見通しが立たない絶望感にさいなまれることがあるのも正直なところですが、そうしたなかで今回の受賞は、あらためて活動を進めていくためのたいへん大きな励みになりました。本賞を心の支えに、仲間たちとの協働をさらに強め、プロジェクトのさらなる発展を目指したいと思います。このたびは、誠にありがとうございました。